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カチーダ・ マーハの日記
ルチルの 気まぐれ日記

カチーダ・マーハの日記

哀しみの名残り、楽園の終わり
2010.11.19

 今思えば、彼女とともに俺は生きてきた。いや、生きながらえたという方が正しいか。

 それなりに人と出会い、それなりに別れもした。人並みに結婚もしたが、案の定すぐに破綻した。お互いの傷を共有するのが我慢ならなかった。淋しさに埋没した俺に、束の間平穏をもたらしてくれたというのに。

 彼女を思い出すことを忘れそうになってはいたが、忘れ去ることはできないものだ。ふとよぎるというより、むしろ自分の意思がそうさせていることだけは理解できた。

 彼女が夢であったなら、時間とともに記憶も薄れていくだろうに。あれは夢ではない。現実に出会ったんだ、俺たちは。強烈な思い出は人を左右する、人の行末までも。

 あれから五十年も生きてこれたんだ、俺は。こうしてベッドに横たわり続けているが、すでに自分の意思では身体を動かすことさえままならない。でも、生かされている今も。

 生きてる、俺は。なぜか・・・。思い出があったからだ、彼女との。傍から見たらただ目を開けているだけにしかうつらないだろう。だがまだ俺には意思が存在している。

 思い出があったから生きてこれた、俺は。忘れさることを拒み続けること、それこそが俺がいま目を開けている何よりの証拠であろう。

 だが、明日を迎えることはもうない。俺は思い出せなくなった、彼女の声を、彼女の唇をも含めて。

 ついに閉じるときが来たようだ、自分の人生を。彼女を思い出せない自分を俺は許せそうもない。

 記憶の断片が薄く薄く剥がされていく。それだけが分かっただけでも俺の人生悪くはなかった。彼女に出会えたことはなおさらに。

Posted at 2010.11.19 in ひとりごとコメント(0)トラックバック(0)
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