「どうぞ」
何か違う。俺は違和感を感じずにはいられなかった。なんだ、この部屋は。何も無い。テレビはおろか、モノがない。あるであろうはずのものが何一つない。冷蔵庫から彼女がビールを運んで来る時にも中にはビールしか目に入らなかった。
「殺風景なお部屋ですね」
「何も置かないようにしてるの」
「なにもないって事はこれから何かで満たされるって事じゃない。それが夢や希望だとしたら最高でしょ」
彼女は理解できそうで、一生理解できないであろう事を言った気がした。彼女が今言った事、それ自体が夢ではないだろうか。
「寂しくはないの」
「寂しいって何が寂しいの」名ばかりの笑顔で彼女が言った。
「空虚さに満たされたこの空間だよ」
「お酒に酔う前に虚しさに酔いしれちゃった、もしかして」
「俺は酔いやすいんだ、お酒にも、女性にも、その虚しさとやらにも」
改めてそう思った、。空にしたビールは数えるほどなのに、本能を咎める理性がうまく作用していないみたいだ。幸か不幸か。
「よく聞き取れなかったんだけど」
「二度言う事でもないし。来世紀まで待ってもらっていいかな」
「待つ甲斐あるの?」酔いやすいのは俺だけではないようだ。
俺には分らないとうそぶいた。
「そう、そういえば名前なんていうの」
「君こそなんていうんだよ」名前すら分らないままここにいることに驚きつつ言った。
「名前なんてたいした意味無いけど。みんなはリズって呼ぶわ」
そうか、何ひとつ知らなかったも同然だったんだ、俺は。
「特に男と女には」彼女が続けて発した言葉だけは聞き逃さなかった。
ひとつだけ確かな事があるとすれば、ここには男と女しかいないってことだ。
つづく