アーカイブ

バックナンバー

カチーダ・ マーハの日記
ルチルの 気まぐれ日記

カチーダ・マーハの日記

哀しみの名残り、楽園の終わり
2010.05.26

 俺は目が覚めたことに気付いた。そして自分の部屋ではない事にも。
視線を可能な限り動かしてみるが、見たこともない風景だ。ただ、俺の隣で眠っているのは彼女に違いなかった。

 間近で見る彼女は恐ろしくきれいだった。吸い込まれてはこの世に戻ることが叶わないであろう、この唇。霞みをまとったとさえ思わせるこのからだ。ああ、思い出すことが恐ろしい。いや、思い出すことを放棄した、俺は。

 もう少しだけこのままでいたい。もういちど目を閉じる誘惑に抗えなかった。彼女の鼓動に、彼女に同調することはなおさらに。

 「レディファーストって知らないの?」

 「男は女性を守るために生きているってことわかってんのかよ」

 「扉のむこうにどんなものが待ちうけてるかわからない。だから俺が先に店に入るってこと。」

 「大丈夫だ。さあ、お入り下さい。」

 「文化の軋轢ね。」

 「文化の心憎いマリアージュとでもいって欲しいな」

 「君といると喉が渇いてしょうがない。早く飲もう、なんでもいいから」

本当に喉が渇いて仕方なかった。まるで体中の水分が口から蒸発しているかのような。
突っかかる彼女がさらに突っかかってくるために、俺には黙っていることが出来なかった。

 「家で飲まない」唐突すぎる言葉に、俺は動揺を隠したつもりで言った

 「ちょっと待って。俺のコトバ分かってる?まだ一口も飲んでないんだけど」

 「家すぐだし、おいしいビール冷えてるし。なによりタバコ吸えるけど」

 「我慢する価値は大いにあるね」

 「おいしいビールって言ったよね、期待してるよ」足を止めることなく俺が言う。

 「おいしいかどうかは、あなた次第。というか私たち次第ね」

 紫煙が俺を後押ししてくれるのを願うほかない。
                                   つづく

Posted at 2010.05.26 in ひとりごとコメント(0)トラックバック(0)
コメント一覧