俺は事件を待っていた節がある。でかい事件を。そこでこそ俺が生きると、そう思ってた。だがなんだ、これは。とても仕事といえる代物じゃない。本部に呼ばれて興奮したのに俺の仕事は円滑な捜査のバックアップだと。それがブラックだの、濃いめだのウエイターかよ。御立派な後方支援だ。俺が手に入れた情報も目を通すどころか「サンキュー、後でな」。じゃあなんで裏返したんだよ、乱暴に。
俺にできることは限られすぎている。ロボットでも今や俺より出来ることがあるっていうのに。俺がやれることって・・・。またビールが不味くなる。あれ以来うまいビールを飲んだことがあったか。
「もう一杯、同じの」
「お疲れの様ですね、お仕事ですか。」彼が冷えたグラスを取り出しながら言った。
「仕事だけだったらまだマシなんだけど」アイツとは久しく会ってもいない。別れるだの言ってたな、そういえば。静寂に包まれる中、電話が声を上げた。
アイツからだ。俺の貧相な想像力でも間に合いそうだ。俺は電源を切った。
「失礼しました」
「いえ。大変なお仕事ですもんね。起こってしまった事件を調べるよりも、そもそも事件を未然に防いでくれるなんて、しかもこんな身近で。」
「皆が普通に生活できるのもあなたが目を配っていてくれるからなんですよね。」
ビールの味が変わった気がした。事件が起きるのを待っていたのは事実だ。だが事件に関わることは今の俺には到底無理。事件を事件にしないように頑張るしかない。替えのきく俺でも毎日街を回ることにしよう。俺が皆の視界に入ることでためらったり、思い留まる人がいるかもしれない。それは表に決して出ることはないが、少なからず俺が事件を解決に導いたといえるんじゃないか。
まだ見ぬ事件を解決か・・・。俺に出来ることはこれ以上でも以下でもない。誰かに認めてほしかったのか、俺は。言葉では分かっちゃいるが逆に俺みたいな奴にでさえ出来ることがあるんだな。みんなのお役に立てないでいることが事実皆の役に立っているんだ。
昔の人は言った。『俺はゴミだ。だがゴミはゴミでも燃えるごみなんだ。俺がこの場所を洗濯してやる』
「グラスも気持ちもスッキリしたみたいですね。いかがです、もう一杯」
「もらいます、ビールを」あぁ、琥珀色とはよく言ったものだ。この色を透してみれば、何もかもが淡いセピアに彩られた思い出になるだろう。
俺はアイツに電話した。
「電話したのに、切ったでしょ」
「別れを聞くには、飲み足りていなかったからな」
「お店のビール飲み干しちゃったんじゃないの?」
「グラス二杯分だけは残しといた。今から来いよ、今すぐに。」
「着いたら空なんて嫌よ」
「そんときは二人の夢でグラスを満たしておくから」
耳にはドアを閉める音が届いた。
俺はまだ、彼女を思い出にしたくない、それは仕事もだ。