昔の話だ。男と女がやんごとない事情で引き裂かれることになった。
二人の思い出の場所には肩を重ねて座った大きな石があった。
最後の夜、二人は悲しみに打ちひしがれてその石を彫り始めた。
ふたりの絆を確かめ合うように。
涙が涸れるが早いか朝を迎えた。
二人の刻んだキズは穴のように深くに達していた。
しかも男のそれより女のほうが数倍も。
別れはいつも突然だ。
会いたい時に彼女はいない。
彼女がいるとき会いたくなかった、会えなかった。
疎ましさを含んだ表情を何度見せたか分からない。
その時の、悲しみを伴う言葉を何度聞かされたかも分からない。
失ってはじめて気づくなんて大バカ野郎だ。
マザコンなんて暇な奴にまかせておけばいい。
そう思ってた。
でも逆だ。
マザコンであることは当たり前なんだ。
マザコンでない男には欠陥がある。
それは人としても。
哀しみを交えた思い出は簡単に癒えるものではない。
忘れ去ることが出来ないなら一緒に前に進むしかない。
幸いジーンズの左ポケットは空だ。
その時強い風が吹いた。
前のめりになるぐらいの強い風だった。
昔の人は言った。
「明日を憂うまえに、目の前のこの子を助けましょう」
『CR冬のソナタ』を打っていてそんな昔のはなしを思い出した。
そうか、皆が冬ソナに興じる理由がわかった気がした。
ポケットの中の思い出を噛みしめているのだと。
何度取り出しても色褪せることのない、あの思い出を。