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カチーダ・マーハの日記
ルチルの気まぐれ日記
Katida Marha's diary
カチーダ・マーハの日記
さようなら。四条河原町阪急。
2010.08.11
四条河原町阪急が今月22日に閉店する。売りつくしセールのスペシャル企画で「ハレノヒ」の凹カステラを買ったりして浮かれてはいるものの、あと数日でなくなると思うと、やっぱりさみしい。私がよく阪急に行っていたのは、もう20年以上も前のことで、当時は、あの外が見えるエレベーターに乗るだけでウキウキした。その頃はDCブランドの最盛期。阪急には欲しいものがいっぱいあって、バーゲンに並んだりもした。学生の私は、8階の「まほろば」という喫茶店でアルバイトをしていた。7・8階のグルメフロアを今は「モザイクダイニング」というが、当時は「セブンエイト食堂街」といい、「セーブン、セブンエイ~ト、食堂街~♪」という音楽は、今でも耳に残っている。セブンエイト食堂街には、京風ラーメン(コシがほとんどない細い縮れ麺)の「あかさたな」(今は名古屋のセントラルパークってところに入っているらしい)や、甘味処「文の助茶屋」、「桃園亭」、「しゃぶ伊達」なんかが入っていて、どこともに結構流行っていたと思う。「まほろば」は、妖しいラウンジのような佇まいの店だった。黒と紫を基調にした店内は昼間でも薄暗く、更に壁の大半の面積が鏡張りで、いろんなことが鏡越しにチェック出来たし、されもした。DCブランドの店員さん達は、よく休憩時間にこの店を利用していたので、私はファッショナブルなお兄さん、お姉さんを観察しては、心ときめかせていた。また、この店はキャッチセールスの勝負場所でもあった。キャッチのお兄さん達は、阪急前で二人組の女の子をキャッチしては、この店に連れて来て、着物や布団を売っていた。お兄さん達は紫や山吹、玉虫といった派手な色のダブルのスーツを着て、システム手帳を持っていた。看護婦さんや先生なんかがターゲットだった。私は、うさん臭いお兄さん達を、時に鏡越しに睨んだりしていたが、お兄さん達はそんなこと構わずフレンドリーに接してくるので、妙な気持ちになったものだ。当時、携帯電話などない時代、お兄さん達は、どうやって仲間と連絡を取り合っていたのだろう。あの、助っ人が登場する絶妙なタイミングは、敵(ではないか)ながら見事なものだった。
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